君主制国家が林立するこの惑星ルヴァースに於いても、皇帝を名乗る為政者はわずか三人しか存在しない。
クラルヴェルン帝国のジャスリー・クラルヴェルン。
オルアニア帝国のアンナ一世。
そして東秋津帝國の蓮皇帝である。
皇帝という役職の意味について、政治学者の間ではよく議論の的となる。
ジャスリー皇帝は王の中の王、諸王の王という意味での皇帝であり、
蓮皇帝は東秋津の世俗と宗教を束ねる王という意味での皇帝である。
フォルストレア諸国の中でも言語や文化にて独特の存在感を持つこの帝國は、東フォルストレアの災厄の守人としての役目も持つ。
帝國領内に存在するリムア湖は、現代ルヴァースにて唯一活動が確認されているディスコードであり、もたらされた災害と異常気象、民衆の集団狂気により前政府が壊滅したのはつい先年の事である。
混乱を終息させたのは若干二十歳で帝位についた蓮皇帝。
しかしながら、帝國はリムア湖以外にも多くの困難と抱えていたのである。
「雪……か」
皇帝宮殿の庭園にて散策していた蓮皇帝は、ひらひらと空から降ってきた粉雪を手のひらで受けて呟く。
「今は七月というのにな」
皇帝は振り返り、後ろに控える従者に語りかける。
「季節外れの雪は良くない兆候と存じます」
発言を許可された従者ークラルヴェルンの夢魔ーは流暢な秋津語でそれに応える。
「そうだな。賭けても良いが、釜亜波の第一声は「大変です。陛下」だぞ」
「……?」
「気にするな。本殿に戻る。今日は眠れぬことになるかもしれぬ」
「大変です。陛下」
黒塗りの政府専用車で宮殿にやってきた釜亜波首相の第一声だった。
「察している。必要な要点のみの正確な状況を」
皇帝の反応は淡々としたものだ。
「バラレナの居住地域にて大規模な氷嵐が発生しております。既に同地の気温は零下二十度に達しており、積雪により交通網は麻痺。人的被害については確認中です」
「リムア湖の状態は?」
「現状、レベル2と3を不安定ながら交互に遷移しております」
「引き続き監視を続けろ。ラウイシティまでの鉄道は」
「健在です」
「災害派遣を行う。私はラウイシティに向かい、同市駐留の師団の指揮を執る。釜亜波はモワランにて待機。他災害に備えよ。カリンレイにもな」
「畏まりました。しかしバラレナを相手に陛下御自らが動くことは」
「バラレナや民主主義者どもの活動と、ディスコードの災厄は別の問題だ」
「仰るとおりでございます」
皇帝は首相に二三指示を行い追い払うと、従者を振り返った。
「すぐ出立する。用意しろ」
「はい。陛下」
「どうした。何か言いたいことでも」
「はい。この夢魔ツィーリン、感心致しました。素晴らしい意思と実行力です」
「私を評するとは。夢魔に恐怖はないのか」
「ご無礼をお許し下さい。陛下の絶望はさぞかし美味でしょう。あ、この言い回しは夢魔から人間に贈る好意の言葉です」
「知っている。そして残念ながらお前の望み通りにはならぬよ」