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無名箱異伝:クルーエルドリームの場合

 波乱含みのコタン戦後処理会議が無事纏まり、クラルヴェルン帝国の外交官クルーエルドリームは、スターテン・ヘラネール代表や帝国代表団とともに乗船し、本国への帰還の途中であった。
 スターテン・ヘラネールの都市ユトニヒトまでやってきた帝国代表団は、列車の手配と休息の為に一泊することを決定し、クルーエルも束の間の自由時間を得た。
 仕事柄、クルーエルは夢魔のうちでもっとも多く世界を旅する存在である。こういう時、クルーエルは街並みを散策することが好きだった。


 ユトニヒト大聖堂の庭園で、噴水を眺めながらベンチで一休み。
 平日の昼間であるからか、人はまばら。鳩の群れが石畳の上を歩く。
 鳩の餌でも買おうかしらと思っていた矢先の事。
「……あの。すみません」
 不意に話しかけられ、クルーエルは振り返る。そこにいるのは黒髪の一人の少女。
 容姿も服装も一般的なスターテン人から外れていた。背は低く、服装はどこか帝国的で、可憐という代名詞が似合う少女だった。
 帝国からの留学生かしら? とも思いながら、にこやかに返す。
「はい。なんでしょうか」
「……貴方は、その、……人間なのでしょうか」
 遠慮がちに問う少女。その瞳から見えるものは恐れ。そしてかすかな期待。
「私はクルーエルドリーム。クラルヴェルンの夢魔です。夢魔を見たのは初めてでしょうか?」
「……いえ、一度だけ。ヴェインドリーム様に」
「まあ。ヴェインはここ百年、エスレーヴァには来たことはないはずですが。レッチェルドルフの方でしょうか」
「いえ。エスレーヴァでも、フォルストレアでもありません。遠いところから、人を探しにきました。……夢魔様なら、知っていると思って」
「私はこの国については通り一遍の知識しかございません。どなたをお探しですか?」
「アンネリーゼ…です」
「アンネリーゼ。珍しくない名前ですね。姓などはおわかりになりますか」
「……わかりません。わかるのは悪魔で、吸血鬼であることです」
 クルーエルドリームは目を閉じた。その名前には聞き覚えがあったから。
 ただそれは、遠い遠い昔のことで、それも彼女が元居た魔界の出来事だった。
「あなたのお名前は?」
「あっ、失礼致しました。クロテルド・アルカデルトと申します」
「どうして探しているの?」
「私の、最愛のご主人様だから…です」
「そう。クロテ、私と貴方がここで会えたのはきっと運命です。恐らく、貴方は向こうの世界で死んでいます。それは事故死かもしれないし、自然死かもしれない。でもそのとき、会いたい人の事を強く思っていたのならば、魂は同じ世界に辿り着いているはずです」
「……はい」
「シフォン総督への紹介状をご用意致します。それと、落ち着いたらお手紙をくださいな? 貴方の旅の顛末を、私も見届けたいと思います」
「……はい。きっと。クルーエルドリーム様」
 クルーエルが手を差し伸べ、クロテが手を合わせる。
 そして魔界でよく言われるフレーズを唱和した。
「「感謝します。この運命に」」