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90:くらるべるーん : 2011/07/06 (Wed) 23:04:09
 アルフォンソ・ルイス・コールドロン…セラフィナイト軍エラキス北部戦線司令官。母語はエラキス語だが特にエラキスへの愛着はない。
 彼の預かる軍隊の正面には、クラルヴェルン帝国の最精鋭たるエステルプラッテ兵団が展開している。キルレート1対4という馬鹿げた数字を叩き出す、セラフィナイト史上最悪の敵である。指揮官はベロース・エルツ・ヴァルダム将軍。
 コールドロンは現在の状況を正確に把握しており、戦線の危機的状況を速くから認識していた。彼は戦力の増強を続け砲撃や奇襲を繰り返すエステル・エラキス軍に対抗しながら、戦力増強を上層部に具申し続けていた。
 相互の塹壕を巡って強攻と逆襲が幾度も繰り返されるが、難地形と堅固な塹壕網、そして両軍の精鋭が拮抗。戦線は膠着したまま凄惨な塹壕持久戦が続いた。
 相互に補給線を脅かし、不十分な補給。急造の塹壕には汚水が溜まり赤痢が次々と発症。劣悪な環境で感染症も頻発し、戦死者に加え病死者も続出。
 本国行きの列車は常に傷病者で満杯となった。
 だがそれでもなお、コールドロンもベロースも一歩も退くことは許されなかった。
 この戦場は危うい均衡点であり、この戦線が崩れれば他の停滞している戦線にも大いに影響しうる。二人の名将は自らの戦線の重要さを理解しており、それが為戦線は動かず、しかし戦争という殺人システムは休み無く稼働し、死傷病者を大量に生産しながら、数ヶ月が経過した。

 その日は朝から肌寒く、防寒着を必要としていた。
 先日の砲撃戦は火砲の撃ち合いともに歩兵同士の迫撃砲が飛び交い、双方共に数百人単位の損害を出していた。
 その痛みも醒めやらぬ朝。コールドロンは奇妙な報告を受ける。
 それは帝国からの24時間の休戦の申し込みであった。


【エラキス干渉戦争の悲劇 クラルヴェルンside-4 顕現祭休戦】


「フィリオリ・テリブルドリーム。夢魔です。以後お見知りおきを」
 帝国からやってきた休戦の軍使は、血と泥に塗れた戦場とは全く縁のなさそうな、上等な衣服を纏った少女だった。唖然とするコールドロンに物怖じせず、少女は完璧な礼をして見せた。
「アルフォンソ・ルイス・コールドロン中将です。当陣地の管理を総司令部より任されている、貴方方の敵です」
「存じております」
 微笑む夢魔。外見はセラフィナイト本国にもいそうな可憐な少女。だが表情や口調、その立ち居振る舞いは確かに千年の齢を感じさせた。
「田舎出で学がないので作法については失礼。休戦提案書は読ませて頂きました。ジャスリー皇帝のサイン入りというのに驚きを禁じ得ませんが」
「はい。本提案はジャスリーさまと、全ての夢魔の意志です」
「提案の受理は私の裁量に任されている。しかし残念ながら、我々にはこれを受理する理由がない。兵士の士気にも関わる問題だ」
「そうでしょうか。貴方方も疲れていると存じます。それに私達は隣国同士。永遠に敵同士ということではありません。今この瞬間にも和平交渉は行われています。……それに」
「それに?」
「コールドロン様。貴方もこの戦いに意義を見出してはおられないのでしょう」

 帝国から各戦線に提案された2月14日の休戦は、多分に宗教的な要因だった。
 帝国の宗教行事である夢魔顕現祭。千年前に夢魔姫と百七の夢魔たちがこの世界に顕現したことを祝う祭。夢魔姫の美しさと栄光を称え、親が子に、恋人がその相手に、夢魔が人間に、親愛の念を込めて贈り物を贈る行事。
 この年の夢魔達の贈り物は、砂糖菓子の詰め合わせではなく、兵士達への安息であった。

「あれが……夢魔
 ざわめき。
 二十四時間の休戦が合意されると、テリブルドリームはセラフィナイト陣営の一部の見学を許可された。彼女が見学を希望したのは仮設病院。この世の地獄であった。
 血と死と呻きと苦悶、そして絶望と悲鳴が渦巻く地獄に夢魔が降り立つ。
 夢魔を見上げる亡者たちの群れ。
「軍医様」
 トランクを示しながら、夢魔が美しいエステルプラッテ語で語りかける。
モルヒネペニシリンの差し入れを。それと、清潔な包帯も足りないと思ったので持って参りました。どうかお納めください」
 軍医は憮然として頷く。そして何か望みはあるかと問うた。
「一人一人と、お話させてください」

 顕現祭休戦は様々な要因が重なって実現した伝説的な出来事である。
 エラキス王国派はクラルヴェルン帝国を非難し、ジャスリー皇帝が釈明に追われたとも言われる。
 二年目からの顕現祭では休戦は行われず、むしろ全戦線に渡って熾烈な攻撃の応酬が交わされた。
 しかしながら、顕現祭休戦とテリブルドリームの名前が、戦後の両国関係に多大な影響を与えたことには異論を挟むものはいなかった。