veirosが何か言いたげにこちらを見ている

FIREしたい!FIREする!!FIREを目指す!!!

すぺおぺ的ss

*1

 起きた。
 起きたのだが…。

「寝るか…」

 人間やることがないと堕落の一方だな。
 宇宙船という閉鎖空間でもう一週間。宇宙というのはスカスカで何も無いので慣性にまかせてそのまま直進するだけ。備え付けのコンピュータが全部やってくれる。オーナーの俺の役割は食って寝てゴロゴロするだけだ。
 バイルボーンという名前のこの船は燃料と食料と医薬品と生活家電を積載して紛争惑星に向かっている。お偉いさんがポチッと押した輸送コマンドの裏には、俺たちみたいな民間船も使われているというわけで。これが今回請け負ったお仕事。
 ディスプレイに映し出された現状と航行予定表をチラ見して、やることが無いので寝た。



 高度なテクノロジーにより宇宙に飛び立ち、多数の惑星、星系、星団を支配下に置いた人類種とその帝国は、長きに渡る停滞期と分裂期を経て、現在では歴史上の存在にすぎなくなっていた。
 銀河辺境に位置するバルバトス星団は中央の列強同士の争いとは無縁であったが、お互いに生き残るための生存競争は変わらず行われていたのである。
 生存と利益のための戦いは、戦争のコストがそのリスクと見返りに釣り合わなくなったところで沈静化した。結果、種族や主義を軸にした十五の国家が生き残り、微妙なバランスを保ったまま星際関係を構築したのである。



 起きた。
 起きたのだが…。

「寝るか…」

 ……。
 何か食うか。さすがに空腹には勝てない。人間は食わなければ死んでしまう。俺が死んでもバイルボーンは自動制御で到着するだろうけど。援助物資船を開けたら死体だなんてちょっとしたホラーだ。
 とりあえずそういう事態を回避するべく、ベッドから起き出して、歩いて食堂まで。重力制御システムという便利なものがあるので無重量状態でフワフワ浮いたりしない。動作原理は解らないけど。
 ぷしゅーと音を立てて自動ドアが開く。食堂には先客がいた。背から羽を生やした、完璧な造形の、有り体に言って天使種族のお嬢さん。うん、お嬢さんだ。多分俺より年上だけど。

「おはよう、ペイシェンス」
「おはようございます。マスター」

 ペイシェンス先生は可愛い。船内生活時刻が14時だというのにおはようと言ってくれる。腹減ったと言ったらパスタ茹で始めてくれるし。普通に美味いし。家政婦として雇ったのは出航直前だが、これは正解だった。
 優雅にコヒーを飲みながら携帯端末を動かしてると、アラームが鳴り、コンピュータが緊急通信の存在を告げる。サロス恒星系全域に流されているらしい。ディスプレイに投影を指示すると、ゴテゴテとした大仰な衣装に身を包んだイカ型異星人──クッテレ帝国の皇帝が壇上に立っていた。

『親愛なるリルバーン帝国の人類種の諸君。本日私は実に悲しむべき決定が下されたことをお伝えしなければならない。率直に言って、諸君ら人類種の横暴と異星種への権利侵害は看過できることではなく、我々はあらゆる外交的努力をこれまでに為してきた。我々クッテレ種族はサロス恒星系への人類の入植と、あらゆる軍事、政治、経済活動を認めて来なかったし、今後も認めることはないだろう。聖なる星サロスを人類種から防御せんがため、ここにクッテレ帝国はリルバーン帝国に対し正式に宣戦を布告する。ジーク・クッテレ!』

「……」

 人類サイズの直立歩行するイカが演説する様は滑稽に見えて仕方が無いのだが、そういうのは人類種の傲慢らしい。それはともかく、困った。紛争ではなく戦争になってしまった。

「あの…マスター、この船は大丈夫なのでしょうか」

 ペイシェンス先生が当然の疑問をぶつけてくる。この船はリルバーン帝国識別で、向かい先はその紛争惑星パエリア。水資源の権利で揉めているんだとか。

「んー…」

 クッテレの宇宙艦隊が出動してきたらパエリアは軌道封鎖されて、近寄る船は拿捕されるかレーザーで撃たれるかのどちらかしかない。というか既にそうなっているかもしれない。
 仮に封鎖を突破してパエリアに着陸したとして、軌道上からレーザーで爆撃される以上、リルバーン帝国の地上部隊はあっさり降伏してしまうかもしれない。

「進路を変更しよう。一番近い星は…。ミニステリアーレンか。ok。そこで様子見。納期は超過するけど戦争なんて聞いてないからね」

*2

 その数日後、俺たちは惑星ミニステリアーレンにやってきたのだ。
 ここはマンドラ種族の支配星で、この紛争ではクッテレ・リルバーンのどちらにも組みしていない。あの宣戦布告演説に対しても遺憾の意しか示していない。

「どう…でしたか?」
「ん? ああ心配ない。入港許可取れたし補給もできる。降りようか」

 戦争のほうは良く知らないが、リルバーン帝国の首脳陣が「サロス情勢は複雑怪奇」といって解散したあと、戦時体制に入ったらしい。リルバーンの艦隊も本拠のリルタニア恒星系から出撃。ただ、ワープ航法を使ったとしてもパエリアまで一ヶ月。やっぱり宇宙が広大すぎてままならないね。
 バイルボーンは宇宙港に収容されて、俺たちは羽休めに外へでかける。宇宙港というのは惑星の衛星軌道上にあるステーションのことで、バイルボーンが大気圏突入したりするわけじゃない。できないわけじゃないが痛むし、燃料の無駄。だから俺たちだけシャトルに乗って地上世界に降りる。

「…と。…おぉ!?」

 油断した。ここのステーションは無重量状態だった。宇宙船から一歩出たらそこは空気と空間しかなく、俺の身体は慣性に従ってそのまま天井へぶつかりつつある。
 手足をばたつかせてもひねっても無駄だ。本来は空気銃を撃って反動で方向転換するのだが、当然用意していない。

「危ないですよ、マスター」

 天使様が優雅に黒い翼をはためかせて追いかけて、宙で手を掴んでくれる。そしてそのまま空気銃も使わず方向転換。出口まで連れて行ってくれる。

「…驚いた。サイコキネシスって奴?」
「え…?」
「羽だけじゃあんな動きできないでしょ」
「…ほんの少しだけ」
「そうなんだすごい」
「あの、マスター」
「誰にも言わないよ。でもま、ちょっと不用心かな?」

 …何で俺みたいなのの所に来たんだろうね?
 大昔と違って、現代ではエスパーとか超能力っていうのは認知されている。ただ、大勢の研究者が大昔から必死に研究してるけど、全然科学的な説明はされていない。ごくごく一部の知的種族が突然発現する力だ。ただ、彼らへの風辺りはよろしくない。未登録のエスパーは当局に連れて行かれちゃったり、登録したらしたらで監視されたりするし。ちょっと昔には超凄いエスパーが国家の要人を暗殺したりテロしたりして大騒動になったし。
 まあ、それはペイシェンス嬢のプライベートなことなので一応置いて、フロントに到着。シャトルを借りて地上に降りる手続きを済ます。人類種からみると、異星種の社会は異様な光景だ。マンドラ種族の外見は人間大のニンジンとかダイコンとかハバネロに手足が生えていて、顔があるんだ。あまつさえ人語を解しスーツとか着てるんだ。畑に種を蒔いて生まれるんだぜ。そんな人間外種族がここでは多数派。

「まあ一流大学を出たからと言って一流企業に入る義務も無いしね」

 俺の独り言に、何のことか解りかねるといった表情のペイシェンス様。可愛いんだけど真面目過ぎるのと心配性なのが玉に瑕か。笑っているところをほとんど見たことが無い気がする。
 降り立ったミニステリアーレンの地上はまさに…ド田舎といった感じ。前時代的な農村風景がどこまでも広がる。人間大のニンジンが耕耘機に乗ってニンジン畑を耕すのはほのぼのなのかシュールなのか。俺たちが珍しいのか手を振ってる。こちらも振ってみるとペイシェンス先生が相好を崩した。
 依頼人のリルバーン帝国の軍務省様からの連絡があるまでは、ここで食って寝ての生活を送ろうかな。お役所仕事で名高い帝国のことだから、多分一ヶ月くらいかかるだろうけど。

*3

「…うん。まったりとしてそれでいてしつこくなく、まろやかで味わい深い」

 平和はいい。平和過ぎて暇なので、今日はペイシェンス先生と一緒に喫茶店でパンケーキやらマフィンなんぞを嗜んでいる。
 たまに俺っていつ仕事してるんだろと思うんだが、じたばたしても何もできないからな。
 なお、喫茶店で人間型種族は俺たちだけで、周囲では沢山のダイコンやワサビが談笑している。お代わり自由のアップルティーを傾けつつ、彼らには人類と同様の味覚や消化器官があるのだろうか…などと哲学的問題に没頭しそうになる。

「トッピングに栄養剤や化学肥料がありますから、完全に同じではないみたいですね」
「ぶっ」

 このリンとかカリウムとかって肥料か。もしかして一歩間違えば農薬呷って死んでいたのかもしれない。そんなおバカな日々を一週間ほど過ごしている。
 精巧な人形のような硬質な美貌の天使様を頬杖をつきながら観賞していると、制服を着たハバネロが二人ほど入ってくる。

「こちらに、ルシアン・M・シェンカーさんはいらっしゃいますか」
「あ、俺ですー」

 呼ばれたので手を挙げて答える俺。制服ハバネロさんたちは書類と俺を交互に見比べて、ちょっと両手出してというのでそうすると、突然ガシャンと手錠を掛けられた。

「ほへ?」
「えーと、兵器密輸の疑いにより逮捕します。逮捕令状はこれ」
「え?」

 彼らは警察だった。驚く天使様を置いて、連れて行かれて留置所に入れられた。
 刑事ドラマのステレオタイプに違わぬ雰囲気の取調室に連れて行かれると、制服のゴボウが根っこのような手で器用にタブレット端末を弄っていた。

「ええと、君の船バイルボーンの積荷なんだがね」
「はい」
「危険物がないか検査させてもらうじゃない」
「ですね」
「これが問題のコンテナの写真だ」

 ゴボウのタブレットからホログラフが映る。何の変哲も無い、リルバーン・冷凍ビーフロゴマークのコンテナだ。

「で、これが中身だ」

 ミサイルだ。

「…え? 何これ」
「N弾」
「…は?」

 N弾。放射線強化型核爆弾。爆風や熱線ではなく、中性子線という放射線を広範囲にばらまいて、建物は破壊せず生物だけを殺傷する大量破壊兵器
 血の気が引く。俺はこんなものを運んでいたのか?

「お、俺は何も知らないですよ。コンテナ詰めたのはリル帝の軍務省で、チェックしたのはリル帝の税関です」
「リルバーン帝国に問い合わせたところ、バイルボーンなどという輸送船は存在しない─、ルシアン・M・シェンカーはクッテレのスパイ容疑により指名手配中─という回答を得た」
「なにそれひどい」

 酷いのだがリルバーンは大国だ。しかも戦時中で艦隊まで出動している。軍事力なんて無いに等しいミニステリアーレンでは抗議もできないのだろう。
 俺は留置所に戻されて、ゴロゴロしたり寝たりメシ喰ったりする。どうなるんだろう。公正な裁判なんて期待できないし、リルバーンに引き渡されて処刑されたりするんだろうか。
 ペイシェンス先生は今何してるだろう。俺はいいんだが、就職したばかりの最初のお仕事で早速失業とかちょっと可哀想だ。

「あー…。うーん…」

 頭を抱えつつゴロゴロする。なんとかする方法を考えるが、なんともなりそうにない。流れるままに過ごすのが俺の流儀なんだが、さすがに人生の危機だ。ちょっとだけ本気を出さないといけないのかもしれない。
 夜になったのでシマシマの囚人服に着替えて寝た。

*4

「シェンカー。面会の時間だ」

 脱獄方法をいろいろ考えていたら面会室に呼ばれた。
 ちなみに考えついたのは2つ。ひとつは食堂からスプーンをくすねてちょっとづつ壁を掘る感じの方法。20年くらいかけてトンネル掘れば脱獄できそうな気がする。
 強化ガラスの向こうにペイシェンス様がいた。ペイシェンス様は天使。

「あー。その…、済まない。こんなことになっちゃって」
「いいえ。私にできることがございましたら何でも」
「うん…。ありがとう」

 そのまま一分ほど沈黙の帷がおりる。
 黙っていればいいのに、ペイシェンス様があまりに可愛くてつい口を滑らせてしまった。

「実は、脱獄しようと思うんだ」
「…はい」
「宇宙船に戻ってさ、強引に出航して、遠い星に逃げる。ほとぼりがさめたら名前とか船を変えてまた宇宙船乗りをやりたいなって考えてるんだ」
「…はい」
「だからさ、その、ここでお別れなんだ」
「私もついて行きます」
「や、俺、これから逃亡犯になっちゃうからさ、逃亡幇助犯になったらこまるっしょ」
「覚悟の上です」
「ほんとに? 本気にしちゃうよ」
「はい」
「そうなんだ。…じゃあその」
「…はい」
「君を攫う」

 強化ガラスの向こう側、ペイシェンス嬢の後ろにテレポートして、彼女を抱き上げる。
 お姫様抱っこをすると女の子は喜ぶと昔読んだラノベで言ってた。
 目を閉じて、バイルボーンの現在位置を予知する。高度約35786kmの静止軌道にあるステーション。その民間船用のドックのひとつ。そしてこの距離を……テレポートする。

「脱獄完了っと」

 慣れ親しんだ船。船内は真っ暗だが、人を感知してすぐに灯りが点いた。
 ペイシェンス様を降ろす。嬉しそうだ。運命共同体になって吹っ切れたのか。

「驚かないのかな。うん。もう隠し事はやめよう」
「隠すつもりはありませんでしたが、マスターが身元を隠されていたので。太陽と義務の天使ペイシェンスは、エンジェリック・インウィディアを代表して貴方にお礼申し上げます」
「お礼? ああ…そっか……」

 五十年くらい前の話。インウィディアという天使種族の星があって、そこではソーラーとクリスタルとセラミックからなる高度な文明が栄えていた。そこにリルバーンみたいな人類国家がやってきて、いちゃもんをつけて征服しようとしたんだ。
 俺は超凄いエスパーで、そして昔は若かったから、それは酷いと思って国家の要人を暗殺したりテロしたりして大騒動を起こしたんだ。
 けれど無駄だった。国家というシステムは超人が騒いでも動きを止めることなんかなかったし、俺の活動は天使の仕業だと紐付けされて、インウィディアの立場は無くなってしまった。
 仕舞いには無数のP弾を撃ち込まれて、インウィディアはプルトニウムに汚染された。その半減期は24000年。そうして天使種族は星無き民となったんだ。

「あのときの生き残りか…」
「はい。エステルプラッテは初めから私達を根絶するつもりでした。マスターの御力で私達は逃げる時間を得られたのです」

 錯覚か、子供に赦しを与える慈母のような微笑み。俺はそれを見て、残りの人生を天使様の為に費やすことを決めた。
 端末を操って、ステーションの管制に通信を繋ぐ。伝説のエスパーだと名乗って、ステーションを念力で震度5くらいに揺らしながら平和的に交渉するとあっさりとゲートを開けてくれた。マンドラ種族は気の良い奴らが多い。天使様の前で殺マンドラせずに助かった。

「じゃあ、その、いこうか。マイエンジェル」
「…はい。マイマスター」

 とりあえず何処か遠くへ。それ以外に当ては無い。
 けれど彼女との逃避行は、きっと楽しいだろう。