veirosが何か言いたげにこちらを見ている

FIREしたい!FIREする!!FIREを目指す!!!

姫の帰還

 エステルプラッテ社会主義共和国、首都クラルヴェルン。
 
「……懐かしいな」
 
 十年ぶりに故郷に戻ったエレオノーラ・カザン書記長が、誰にともなく呟く。
 かつて美しかった街は、今では難民たちが溢れる灰色の街になっていた。
 これからまた冬が来る。今年も多くの凍死者をだすかもしれない。冬服はおろか、パンも石炭も僅かしかない。なにより、この国には希望がない。
 かつて首相として政務を執った首相官邸も、今では寂れて久しい。
 ガラスは割れ、壁は崩れ、家具は失われている。資料室の本棚の中身は焚き火の燃料になったという。
 
コンラッド
「なんでございましょう。書記長」
「ホテルから首相官邸に政府を移すわ。手配して」
「書記長、お言葉ですがここはもはや電気も通っておりません」
「党員みんなで大掃除しましょう。ついでに電気屋さんも呼んで」
「いえ、しかし」
「決めたの。できることからやるって」
「…承知しました」
(爆撃か何かで屋根も傷んでるのかしら。雨漏りもするわね……)
 エレオノーラは肩に冷たいものを感じ、濡れた天井を見ながら荒れ果てた官邸をどう片そうか思案に暮れた。
 
「あぁ、なんてこった! 年代もののタイプライターがあるだけだなんて!」
「いや、そうでもないらしいぞ。ちゃんとLANケーブルが」
「それ電話線だよ。しかもついさっきまでダイヤルがコロコロ言う黒電話が繋がってた」
「パソコンは? ヤードグラードにはどうやってメールを送るんだ!?」
 共産党員の悲鳴があちこちから聞こえてくる。
「ほらそこ! 手を止めたら反革命容疑で銃殺よ!」
 モップ片手に物騒な発言をしつつ、書記長は引越しを指示する。ようやく一段落がつき、書記長が党員に紅茶を振る舞ったときには、既に時刻は深夜二時をまわっていた。